僕のバイク遍歴と自己紹介

改めて振り返るとそれなりに




こんちは



僕の海馬(記憶を司る脳の器官)は>>>ビリヤード方式(新しい情報が入ったら古い情報は弾かれる)なのであまり当てになるものではないですが略歴です。
どんな人間が、どんなバイク歴のやつが書いているブログなのか、信用に足るか否かを判断する材料にして下さい。

0歳(山形時代~)


山形に生まれる。何の不自由もなく尊敬する両親の元、適度な反抗期を挟みつつすくすくと育つ。

18歳(~山形時代~仙台浪人時代)
大学受験に失敗し仙台で浪人する、「神様はいないんだ。僕はこの世界の中心ではないんだ。」と思い知る。

19歳(仙台浪人~東京時代)


仙台浪人中に物心がつく。この頃から世の中を「僕の中の世界では僕が中心なんだ」と解釈し「答え」を探す壮大な海原に出る。笹舟で。偏差値68を記録するも情報量不足の舐めた受験の仕方で受験に失敗する(一年ぶり二度目)。滑り止めの大学に見事滑るのを止めてもらい進学する。

19歳(東京時代~)


原付に乗る。地元の友人から一万円で譲ってもらったスーパーカブ50にスパトラ【スーパートラップという昔流行ったサイレンサー】に皿17枚【マフラーエンドにディフューザーディスクというお皿を付ける機構がある。枚数が多いほど低音になる。17枚は正気の沙汰じゃない】をつけて通学する。

19歳(二輪免許取得)


バイト先の友人のマジェスティの後ろに乗せてもらい、次の日には自動車学校に二輪免許の申し込みに行く。愛する両親には「車の免許は自分で出すから!」と意味不明の供述をして二輪免許代20万円をせびる。ビリヤード方式の海馬の引き出しを漁る限りこれが両親への最後の我儘。

19歳(スカイウェイブ250&KH125~)


フルローンでスカイウェイブ250を購入。「平成の大学生がビグスクに乗らなきゃ意味がない!」と謎の恐ろしく意味がないキャッチコピーを掲げ、バイト代を全てつぎ込みカスタムに打ち込む。友人から8万円でKH125を購入するも、2stオイルの入れ方もわからないまま同じ友人に2万円で買い取ってもらうという6万円をかけて壮大な謎のキャッチ&リリースをする。スパトラを付けていたカブもいつの間にかいなくなる。ビグスク雑誌にも載りご満悦。ビグスクのチームも結成し楽しく過ごす。

22歳(ビクスク~ホーネット250へ乗り換え)


ストロボ、LED、音響等を備えたご自慢のスカブが電装系のトラブルにより漏電しまくって乗れなくなる。自業自得。因果応報。アボリジニ並みのブーメラン。世間様にご迷惑をかけて溢れる自己顕示欲を満たしまくり、結果どこかにドナドナ【バイクが引き取られていく様】。代わりにホーネット250を購入。排気量コンプレックスがあったのか、目を三角にして見えない敵と戦うソロツーリングに勤しむ。

25歳(ホーネット250からVFR400Rに乗り換え)


腕もないくせに目を三角にして山道を走っていたところ富士山五号目付近の道で大転倒。ホーネット大破。僕大破。諸々骨折して救急治療室から生還し入院。手術。ベッドの上で「次はもっと速いバイク乗ってバイクの勉強ちゃんとしなきゃなぁ」と思う。

25歳(VFR400R~)


多方面に多大なご迷惑をおかけし事故から生還。カウルが割れている格安のVFR400Rを見つけ即決。あらゆるネット記事、YouTube、雑誌を読み漁りライテクの勉強をする。同時に関東甲信越のツーリングスポットを走りまくる。数々の不快感、転倒、トラブル、突き抜ける喜びを経験し運良く生き延び、VFRに乗り続ける。膝スリも経験しご満悦。

31歳(大型二輪免許取得、buell XB9R~)


VFRの車検を諦め大型二輪免許取得を決意。教習所の説明会と入校式の合間(4時間程度)にbuell XB9Rを買いにいくと言う丸亀製麺並のテンポの良さを見せる。

男盛り期(現在)


思春期の反抗期以外は生まれてこの方、ずっと男盛り期ではありますが、ようやくバイクを趣味として確立する。ブログで稼いでツーリングや装備の足しにしようと画策し始める。

大事な玉も余裕で弾くこの海馬よ…

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